ミルク、ホワイト、ビター、リキュールチョコレート。
クッキー、ケーキ、アイスに飲み物。
料理、香水、キャンドル、バスバブル。

チョコレートは様々な形をもってそこにいる。

喧噪から少し離れて休憩するその一時に、チョコレートが魅せるショートストーリーでもいかがでしょう。
チョコ
チョコを砕き、生クリームを足して、それを湯煎にかける。
少しずつ、少しずつ砕かれたチョコレートと白い生クリームが溶けていく。
ゆっくりゆっくり時間をかけて溶かしていくと、少しずつ少しずつチョコレートの香りがたちのぼってくる。
くらくらとしてしまいそうなほどの濃厚なその香りは、キッチンだけではなく家全体を包んでいく。
すると、涙がぽろぽろと流れ出た。溶けたのはチョコレートだけではないらしい。
チョコレートの香りにすっぽりと包まれたその空間は、まるでドアの外の世界-つまり現実ーから遠のかせる。
お願いだから、今この時だけは独りにさせてくれ、と切なる願いもあったせいか、涙はとめどなくあふれてくる。
いつもはしょっぱい涙も今日だけはチョコレートの香りに包まれて、容赦がない。
甘さというのは、苦さと紙一重だ。甘すぎるほどの涙は、心にずしりと圧し掛かる。
しかし、酸いがなければ甘さなんて理解できるものではない。
チョコレート好きとして、甘さを理解するには、これを最後の最後まで、味わうしかないのだろう。
チョコチップペカンナッツクッキー
クッキーを焼いた。
甘い、優しい気持ちになりたい。そう思ってたくさんのチョコレートを砕いて入れた。
しかし、甘いだけではバランスが崩れる。ペカンナッツも砕いて一緒に混ぜた。
焼きすぎたせいか、少し薄くなってクッキーはオーブンから出てきた。窓辺に置き、少し冷ましてからさく、と一口かじる。
甘さは悪くない。悪くないのだが、ナッツの苦みがチョコレートの甘みを消している。チョコレートも小さく散らばられせっかくの甘さも足りなかった。
自分の手でつくられたものは、自分が反映されるものだ。不安定さも、苦さも、あちらこちらに散らばる愛も。
怒りとは、毒だとある人は言う。しかし、多少の毒を持つ生き物には目を惹き付ける魅力を持っているのは事実だ。
だが、本当の毒というのは、目に見えないものである。一見何の害も持ち合わせてなさそうなものに潜む毒というのはいわゆる「猛毒」だ。この毒を体中を駆け巡り身体の支配を試みようとする危険な存在である。その毒が見せる世界は、ひどいものだ。いくら甘いものを食べたところで体中に広がる毒は消えない。
その毒の原因というのは「こうであるべきだ」と周囲に自分の胞子をばらまくような思想だ。共存することを望まず、一方的に相手を支配しようとするその思想が自分自身で猛毒を作り出しているのである。無駄な永久機関だ。
そんなエネルギーの元で作られたクッキーは、見事そっくりに苦みを再現していた。苦笑さえも出てしまう。ここまでくると徹底的だ。
だが笑えるならば、大丈夫だ。なんだってできる。いくら猛毒とはいえども、ペカンナッツのように簡単に取り除いてしまえる。そのナッツに固執する必要はない。ならば、もっと甘いもので食べてしまえばいいのだ。それが存在することとしないことを天秤にかけた時、存在しないことの方に傾いてるなら、取り除いてしまえばいいのだ。凝り固まったものもあるかもしれない、しかし外から柔らかくしていけば簡単に抜けてしまう。
メモにペカンナッツを買い替えることと、記した。
だがしかし、目の前には吐き出された毒のようなクッキーが積まれていた。結局自分で作り出した毒は、自分で始末をしない分には消えない、そう思い、またクッキーに手を伸ばす。
チョコレートボックス
疲れた体を少し大きな椅子にもたれかかった。
窓辺に星の形をした大きなライト、小さなツリー、散らばる色とりどりの風船、背もたれにくくられたリボン、キレイに盛りつけられたご飯たち、間接を使ったライトたち。これで雪さえ降れば完璧だ。窓の外を見ると、向かいのお家に飾られたトナカイのライトがちかちかと光るだけだった。
「これお土産に持ってきたんだ」
と渡されたのは金色の箱におさめられたチョコレートたちだった。
わっと黄色い声を上げるのはやはり女性ばかりである。胃も一通り満たされ、お酒も十分飲んだ。そろそろ甘いものが欲しくなった矢先のクリスマスプレゼントである。
群がる女三人は、金色の箱に負けないくらい目を輝かせながら、「これ!」と思うチョコを選んだ。私が選んだのは、上にナッツが乗っているものである。
一口噛んだ先から中のチョコレートムースが口に一気に広がった。とてもそのサイズでは計り知れないカカオパワーを持っていたようだった。
ざりざりと広がるその感触は、きっとナッツだろう。ムースと細かく砕かれたナッツクリーム、そして外を包むチョコレート、と3つの別の悦びを味わえるチョコだった。しかし、これはあくまでも手にしているナッツのチョコの味の話だけである。他にもチョコはまだたくさん箱の中に入っていた。
「人生はチョコレートボックスみたいだ、って映画であったよね」
一人がぽつりとチョコを見つめながら言った。
「開けるまで何が入ってるかわからない」
残ったチョコを惜しむように口に入れた。
「開けただけでは人生じゃないよ」
もう一人が突然そう言い放った。
「目で見て、触って、口の中で味わって、初めて経験になるんだよ。おいしくないのも時にあるけど、最後のチョコがおいしかったらまずいのなんて忘れちゃうよね」
頭にかぶった彼女のサンタ帽が揺れた。チョコが口の中でいつまでも残った。
チョコチップアイス
今年も新しい季節が来た。
4月になると、街や校内は浮き足立ったような空気を持つ。きゃあきゃあと黄色い声が聞こえるようになる。
暖かい太陽の温もりを感じられる日常に体が喜ぶのを感じつつも、心にはまだ春は訪れていなかった。
暖かくなってから、アイスで埋められた冷凍庫からがさがさとアイスを選ぶ。いつもいつも、チョコとはちがう味を選ぼうとするのだが、結局迷いに迷ってめんどくさくなってチョコアイスを選んでしまう。今日も、少しさっぱりとしたものを選ぼうかと思ったのだが、やっぱり今日もいつものチョコ味を選んでしまう自分がいる。それも、特にチョコチョコしいチョコチップアイスを選んだ。
アイスが食べられるほど暖かくなったものの、やはりまだ温もりを体が欲しがり、気持ちよさそうに芝生を照らしていたスポットに寝っ転がってみた。
蓋についたアイスを少し憎みながら、アイスを口に運んだ。いつもと変わらない、裏切らない味だった。
その変わらない味に安心を覚えながらも、少し飽きを感じていた。さすがにそろそろ他の味にも挑戦すべきかもしれない、そう感じていたのだが、なかなかそこから卒業する気がなかなか起きないのだ。いつまでもそこにいたい気持ちが新鮮さを奪うのである。
しかし新しいものを取り入れるというのは、そもそも簡単なことではないのだ。チョコ味以外を選んで、果たしてその新しい味を気に入ることができるのだろうか。もし、好きではない味を選んでしまったらどうすればいいのだろうか。あぁ無駄をしてしまった、と結局後悔をしてしまうのだったら、とうんうんと悩んでいる間にめんどくさくなって、いつものチョコ味を選ぶのである。いつもより一際迷った時には、うんとチョコの濃い味を選ぶのである。
ふと、橋の前に目を向けた。天気がいいと、いつもそこには男の子達がたまっている。スケートボードに乗っていたり音楽を聴いていたり楽しそうである。その中に一つだけ覚えている顔がある。彼をスケボーくんと名付けた。なんて単純なネーミングセンスなのだろう。そのスケボーくんとやらは、とってもスケボーが好きなように見えるのだが、転んでいる姿ばっかり目にしていた。
今日も転ぶのだろうか、なんてアイスを舐めとるように食べながら、ぽかぽかとする太陽の光にあてられ、ぼんやり考えていた。
彼は勢いをつけて跳んだ。すると、時が突然スピードを変えた。全てがゆっくりと動いていた。その間、彼は空をゆっくりと舞っていた。
鮮やかに着地した彼は、くしゃっと顔いっぱいに笑った。
はっと我に返り、スプーンを舐めると、そこにはアイスはもうなかった。ふと、膝の上を見ると、白い生地の上に茶色く広がるチョコアイスがそこにあった。
あ〜あ、と思いながらも、心の中に感じる春が、染みのことなんてちっぽけなものに変えた。
最初からチョコ味を選んで安心して最後まで食べた方がよっぽどアイスをおいしく食べられるのだったら、別に新しいことに挑戦することもないのかもしれない。むしろ、好きなものを純粋にどこまでも追いかけて行けば、そこに新しい発見があるのかもしれない。そうして、もっともっとチョコアイスを好きになるのだったら、別にこのままでいいのかもしれない。
春の陽気で少し溶けてしまったアイスをぼんやり眺め、ようやく心が浮き足立つのを感じた。
明日も晴れればいい、今度は別のチョコアイスを食べよう。そう思うと明日が楽しみだ。
アーモンドチョコ
毎週土曜日は、アーモンドチョコをコーヒーと共に食べる彼を眺める。
コーヒーもチョコレートもそんなに好きじゃない私は、何がそんなにおいしいのか全く理解せずに、嬉しそうに食べる彼を眺める。あまりにもおいしそうに食べるものだから、ついつい一口つまむ。
「あま」
ナッツのカケラが口いっぱいに広がる。チョコレートの甘さを消そうと、彼のコーヒーを一口すする。
「にが」
わかっているはずなのに、土曜日になると私は同じことを繰り返す。それほどまでに彼は、それはもうおいしそうに味わっているからだ。
「この2つのコンビネーションがおいしいのになぁ。わからないかなぁ」
と言いながら、やっぱりおいしそうに食べるのだった。

週の最後の平日は体調が悪かった。全身はだるく、頭がずきずきとしていた。仕事にも追われ、意識は痛みとその2つにしぼられた。
むしゃくしゃしたすねた心は、さっきから暴れている。かまえ、かまえ、と必死に意識をそちらに向けようと頑張っている。コントロールしようにも強情な心は、思わず彼にまで、かまえ、かまえ、と自分の存在をアピールするのに必死だった。やめなさい、恥ずかしい、となだめても、聞いてくれる気がまるでないように見える。
構ってほしい心と、仕事に追われる理性とが、ぎりぎりのかけっこで追い抜いたり、ひきずったりしていた。
そんなぐちゃぐちゃとした欲が体に忠実に表れていた。支離滅裂なメールを送ったり、言葉を発していた。
暴れ疲れた心は、ようやく黙り、理性が目の前のタスクに意識を集中させた。
一段落してから携帯を見ると、彼からメールが着ていた。理性が働いている間に、拗ねた心が彼の元にまで飛んで行ってしまったんじゃないか、と思うくらい、彼は拗ねた彼女を心配していた。
告げ口をされたような気分で、私の理性は恥ずかしさを覚えた。
すっかり体を支配した理性は尚もコントロールをする。拗ねた心がまるでそもそも存在していなかったかのように扱うように、「明日になれば、土曜日になれば大丈夫だから」と手早く返事をした。
疲れた体はベッドに倒れ込み、むさぼるように睡魔を堪能した。

翌日起きると、何かが足りないかのように感じた。未だ眠りから覚めやらぬ頭でキッチンに行くと、そこは空っぽだった。
ハッとようやく目覚めた脳が慌てて携帯電話を手にした。
「今日はゆっくりしなよ」、と彼から連絡が入っていた。
足りないのはコーヒーの香りとこりっとアーモンドを砕く音だった。
前日のやり取りを読み返すと、頭を壁にごんごん、と打ち付けたくなるくらい支離滅裂な自分の言葉がそこにはあった。心配させるだけさせて、とんずらこいている、ませた子供のようだった。
構ってほしい、という心に恥ずかしさを感じて、変に気取ってしまうようじゃ、本当の子供の方がよっぽど大人である。頭痛はすっかり消えたが、今度は自分で頭痛を与えたくなる衝動に駆られた。
好きでもないアーモンドチョコもコーヒー豆ももコーヒーメーカーも少し汚れの着いたコーヒーカップも、すっかり無機質なものになっていた。
彼は昨日の私が欲しくて、私は今日の彼が欲しくて、それぞれにちぐはぐとずれてしまったのだ。同じ「好き」という気持ちでもこうもすれちがうと、まったく異なったものに見えるけれど、それもただの思い違いである。
好きでもないはずなのにアーモンドチョコとコーヒーが欲しくなった。
慣れない手つきでコーヒーを淹れてアーモンドチョコを口に入れた。
「あま」
口の中の甘さを消すためにコーヒーを一口含んだ。
「にが」
わかっていたはずなのに、やはり苦い。何度飲んでも好きになれないのは、いつまでも子供でいるからなのかもしれない。
でもそれでもいいのかもしれない。ませた子供より子供らそお子供の方が時に精神的に成熟していることが多いのだ。
ごめんね、と呟いた小さな声は拗ねた心に届いた。
「一人じゃアーモンドチョコもコーヒーもおわらせられないよ」
と送信すると、拗ねた心がにこっと笑ったのを感じた。
「一人占めするなよー。一緒に食べるのが一番おいしいんだから」
素直な人には誰も勝てない。
プロフィール

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Author:Show
チョコと活字と愛をベースに生きてます。

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